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わが国における錠の歴史

わが国では、鍵と錠とはほとんど発達しなかった。多少とも、一般庶民のあいだに錠が普及したのは、中世から江戸時代にかけての町家の蔵が、おそらく最初であろう。この蔵の錠の多くは、和錠といわれ、「海老錠」とか「太鼓錠」とかいう種類があることからもわかるように、さまざまに装飾化されたものであった。蔵がつくられるようになって、はじめて日本製の錠が考案されたものとみられる。ところが、そのころ、蔵やぶりがあとを断たなかった。

(参考情報)
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ということは、これらの和錠が、あまり役にたたなかったことをしめしている。みかけは立派だが、じっさいに泥棒の侵入防止ということにたいしては、あまりじょうぶなものとはいえない「日本的な構造」のものであった。それはたんなる「封印のシンボル」であり、また商家の「富の象徴」でもあって、西欧的な意味での機能的な錠というには、だいぶんへだたりのあるものである。