芸術性に富んだウィンドウ・ティスプレイなど日本ではみられなかった時代に、エルメス丸の内店の華麗なディスプレイは丸の内OLの憧れの的となった。しかも、当時は店員の大半がフランス人で、彼らは女性たちに本当に優しかったのだそうだ。「似合うものを真剣に選んでくれたり、逆に使用用途を聞いて、買わないほうがいいものも、正直にアドバイスしてくれた」「小さなものを買ってもいつも面白いノペルティグッズをくれた」「どんなわがままなオーダーも快く聞いてくれた」など、初期の丸の内店を懐しむ声は多い。なおこの時期、銀座のデパート「松屋」の幹部がエルメス・パリ本店のウィンドウ・ティスプレイに感銘を受け、地下鉄通路を利用したウィンドウを設置している。当時を知る人々の話では、エルメスが日本のショーウィンドウ文化に与えた影響は相当大きい。1985年のプラザ合意と、その後のバブル経済を契機とした円高の急進と海外旅行ブームでどことなく浮き足だった時代、ブランド品の消費はもはや日常のひとこまとなった。エルメスの人気も1985年のスカーフブームや、本社による若者にも親しみやすい方向への「革新」を背景に、急速に高まっていった。